俺の彼女がイエス・ウーマンな件

彼女は俺が行きたい場所や食べたいものに反対したことがない。本当にほぼない。かと言って消極的な性格というわけではなく、むしろ天真爛漫という方がしっくりくる。

たまに彼女はどこかで無理をしてるんじゃないかなって思う時があるのだけど、(そう思うのは元カノのことがあったから余計気になるというのもあるのだろうけれど)かれこれ1年以上上手くやってきているし、彼女自身いつもとても楽しそうに見えるので、問題はないのかなぁと思う。

 

僕が彼女に優しくできるのは、少なからず彼女の魅力にぞっこんだからであって、誰にでも向けられるものではない。彼女のことを常に気遣おうと思えるのは、それが彼女だからであって、他の誰にでも気を遣うわけではない。彼女の前でいつも謙虚であろうとするのは、彼女に尊敬されたいとまでは言わずとも、人格的に認められたいと願うからであって、よそでは傲慢な振る舞いをすることもある。

ただ、僕が毎週彼女に会いたいと思うのは、自分の心を最も許せる人だからというわけではない。

 

矛盾しているようで、矛盾していないと僕は思う。

つまり僕は、彼女のことを尊敬している。

 

完全に自分をさらけ出せる相手というのは、ちょっと怖い。いいところも悪いところも含めて全部好き!なんてことはきっとなくて、悪いことは悪いと認めないと、いわゆるただの「恋は盲目」だ。

だから僕は彼女の「悪い」と思うところを知っているし、知っていてなお好きだ。僕自身、自分の悪いところはいくつもあると考えている。ただ、僕は彼女に無暗に指摘したりしない。彼女もまた僕の悪いところを非難するように言うことはない。

 

(この状態がベストなものだとは思わない。なぜなら本音でケンカするということができないから。僕は本音で語るのが苦手だ。ドロドロした感情をぶつけ合った先にあるものは果たして何なのか、分からないけれども、きっと少しだけ相手を近くに感じるのだろう。考え方の相違や意見の食い違い、そのぶつかり合いで心の距離が縮まるなんて、彼氏彼女の関係は何とも不思議なものだ。ぶつかり合ったままじゃ別れるだけだけどね。)

 

とにかく、たまに彼女のことが心配になる。いい意味で彼女は迎合する。自身の我を通さない。恐らくそれが誰か一緒にいることの秘訣だと思っている。

僕は、我を通す自分が惨めで情けないと感じる瞬間がたまにある。たまにあるので、大丈夫だと思っている。なかったらきっと、本当にただの我儘だから。

彼女が僕を尊重してくれるのは、僕がまた彼女のことを尊重しているからだと、彼女が思っているからに違いない。

もし、彼女との時間の中で、僕が傲慢さを抑えることができなくなることがあれば、それは一重に

 

 

 

 

 

 

先日、電車の乗り換えでとある駅構内を歩いていたところ、元カノとすれ違った。

正確には元カノかもしれないという程度で、よく分からなかった。

僕はもしやと感じた瞬間、そちらを見ることを拒んだ。

その女性も一瞬こちらを見ていたような気もするが、直接見ていないので分からない。

とにかく分からないが、あれは彼女だった。

あの、大好きだった、彼女。

 

彼女は僕の知らない男性と歩いていたようだった。

彼女よりもずいぶん背が高く、僕よりはがっしりした男。

 

別に誰でもよかった。

 

あれは彼女だったのだろうか?

今となっては、もう分からない。

彼女だったら何だというのだ。

それも、分からない。

 

思い出すだけなら、何も悪いことはない。

ブログに書く程度なら、きっと咎められやしない。

これから先、誰と一緒にいようとも忘れないのかもしれない。

 

この感情のやり場は、たぶんどこにもない。

この感情に名前をつけようにも、どれもこれもそぐわない。

 

彼女とすれ違った駅は、僕と彼女がともに時間を過ごした、大学の駅だった。

 

いつかきっと。

 

なーんて。

 

 

結婚に悩む若者の姿をとくと見よ的な趣で心境を語るだけの話

なんというか必然というか、結局僕はまた恋愛の袋小路に嵌ってしまったようで、現在の彼女との関係を、この先を、未来を考えあぐねている。要はこいつと結婚したいのどうなのよっていう話なんだけども、それに対して答えを出せるほど自身の人間性が成熟してるとは思えず、一方でそれってこの子との結婚は考えてないだけじゃねーのっていう答えの示唆でしかないような気がして、俺の心は常にエゴとエゴの1人シーソーゲームの体を醸し出しているわけであります。

とは言ってもこの状況そんなに嫌いじゃない、っていうのが僕の本音ではありまして、今までの恋愛歴を振り返るに、時系列でみるに、人生をRPGに置き換えるに、いい具合で進捗してきてるよなーと自分自身思うわけです。ひいては客観的な脳内のポイズンベリーな住民たちとしてもそう捉えている次第です。なんかもう自分の生きざまをそれすなわちエンターテイメントとして楽しんじゃるっていう心持ちでして、実際それなりに楽しいわけで、自叙伝や伝記を残した偉人たちはさぞかし極上の娯楽として自身の物語を享受し、悦に浸っていたんだろうなぁなんて穿った見方で一人納得をしております。それすなわち自分大好きと言うこともできれば、己の痴態含めさらけ出すことを鑑みればドMであると言い換えられる気もしており、「あなたってドMだよねぇ」という投げかけに対し「え、どの辺が!?詳しく!委細をしっかりと!」と自分の恐らく社会一般的にダメであろう部分であっても興味を持たれること自体に対して異常に反応し、喜びを感じる様には、いやもうそれがそのままドMということでよろしかったでしょうか、ご注文として繰り返すのもやぶさかではない、そんな感想を自分自身抱く按配でございます。

結局今回何が言いたいのって部分に関してはもうここまで読み進めた方お察しの通り、特にそんなないんだけども、一丁前に結婚とかで悩んでるならそれって成長してる証拠なんでねーのって認識を僕自身深めたかったというか、今回の恋愛に関して、彼女の話、彼女の性格、振る舞いやそれに対する僕自身の評価があまり出てこないのにはわけがありまして、一言で言えばそういう類のことを僕に考えさせるような刺激的なタイプではないということなんです。これはもういい意味でも悪い意味でもね、って言葉がばっちり当てはまる稀有な例でございまして、よく言えば彼女は明るく前向きで、今日もハッピーだねOK♪的なローラまがいのポジティブ勢と言うこともできますし、有体に言って楽観的で思慮に欠ける部分があるんでないの、いや僕がそんなこというのおこがましいんですけどね、ぬふふってところもあるわけでして、暇さえあればネットの海に溺れているような深海魚勢の僕からすれば眩しすぎる存在なわけです。

そのあたりをどう考えるかって、僕自身の問題ではあるんですが、いわゆる親友的なポジションにいる男友達2名(高校・社会人セグメント)からは、「お前さんには合ってない」「もうちょっと選べ」など貴重なご意見を承っておりまして、その顔面にアンケートのご協力への御礼QUOカード500円分ないしピーターラビットのデザインに定評のある図書カードを叩きつけてやりたいところだったのですが、そのように1人のみならず2人から同じことを言われますと、人間の心とは風見鶏の様に傾きやすいものでして、はて何か問題があるのだろうか、いや何となく自分自身でも腑に落ちないところはあったんだけれども!と自分を客観視するキャンペーンにすぐさま突入することと相成りました。親友の合計何名以上からのご意見でそのキャンペーンが適用されるのかは人によって異なりますが、まぁ2人いれば考慮には値すると言えるでしょう。お前自身はどうしたいの、っていうツッコミに関してはここでは敢えて目をつぶりましょう。

なんとなれば、最近の僕はこんなことばかり考えているわけで、デートしている時でも何をしている時でも、彼女と一緒に過ごす時間でもそうでなくとも、ふとした瞬間に「あれ、この子でいいんだっけ」と超絶上から目線で二人の未来をウォッチングするおじさんになってしまうのです。彼女のことを考えれば、現在26歳ピチピチOL一般事務窓口系女子アフターファイブはヨガと茶道と英会話♪的な花盛りもいいとこではあるものの、あと3年、いや2年もすれば、アラサーアラサー言い出し、アラサー教の教義に従い絶対的に結婚を視野に入れた活動が活発化することが目に見えております。アラサー教については後日詳しく解説します。しねぇか。まあそこで考えねばならぬことは、もし別れるのであればうら若き乙女と言っても(多少,未だ,ギリギリ)差し支えのないこの時期に最後通告を渡すのが人情かなという気もしておりまして、社会の荒波の中で戦っていく最大の武器としての若さを、この中途半端な僕という存在によって永遠に失われてしまうのであれば、それこそ取り返しのつかないことなのであります。彼女が東京でタラレバすることになります。

そこはお互いの自己責任ということで折り合いをつけるべき点であることは重々承知しておりますが、そうは問屋が卸さねぇというのが現代社会の残酷な部分でして、酷い言い方をすれば市場価値の失われた独身アラサー女子製造機に僕がなってしまうということであり、それ以外の選択肢としては今すぐ別れるか、アラサーの彼女と結婚するかのどちらかしかないのでございまして、要はやっぱりエゴとエゴのシーソーゲームなわけです。彼女の方から別れを切り出される可能性について完全に目をつぶってるよねコイツ、過去の自分のブログ読んできたら?と仰る読者の声が聞こえた気がしたので申し上げますが、今のところ僕は多大なる柔軟性を発揮し、彼女にとって良き彼氏である自負があります。難点をあげるとすれば、ペーパードライバーであるためドライブデートができないところが挙げられますが、卓越したドライビングテクニックの習熟をクリティカルな条件として彼氏に求める女性とは残念ながらそもそもご縁はないように思いますので、まあうん大丈夫かと思います。

つきましては、今々完全に悩み悩んではいるものの、実際に彼女と会えばそれはそれは楽しく幸福で、僕の知らないところで僕のことを想ってくれる人がいる、その逆も然りで彼女の知らないところで僕が彼女を想うこともやはりいいもんだなと思うところでして、そう簡単な考えでは先のことを決められないというのが現状です。最終的に言いたいこととしては、こういう状況に陥ってるのもまたオツだよねぇ、という居酒屋でのどうでもいいオチのない話ばりの締めで今回は終わりにしたいと思います。それではご機嫌ようさようなら、さようなら。

ふがいないや?

取引先との飲み会があった。一つの長テーブルを囲める程度の人数で、自分の会社と取引先、半々くらいの按配でだった。年次は自分が一番若く、大人しく黒子に回ろうと思っていた。

 

それなりに楽しく飲んでいた。そこには部長も同席しており(そこまで珍しくないかもしれないが、ガツガツした女性の部長だ)「君の世代がどんなことを楽しいと思っているのか」「普段何を考えているのか」というようなことを僕に聞いてきた。

 

こういった場でしゃべるのはまったく得意ではなかったが、自分なりに話をしていた。そこで「この世代はちょうど結婚のするしないで悩んでたりする」というような、僕自身は一般論だと思うことを述べた。

僕自身も今の彼女と明確に結婚するかどうか、なんてすぐには答えられないと思っており、「結婚も考えるけれども、まだ分からない」と話した。

 

それに対する反応が「え、なんで?」だった。その場の全員が、だ。

 

各々こう言うのだ。「悩んでる時点でその人じゃないでしょ」「早く別れた方がいい」「時間の無駄じゃないか?」「君の意思はなんなの」「それって結婚したくないってことでしょ」などなど。

 

正直面食らった。全員がそんなことを言うのだ。

 

「悩む」ということに自分の意思は介在していないのか。いや、してるだろう。この人じゃないと!と思った人としか結婚しないでしょ、という論調だ。それはそうだが、結婚を決意するタイミングなんて、人それぞれだろう。

 

その後はさんざんだった。

 

そういうことで悩むような奴は、イマイチな奴だ、という空気がびんびん感じられるやりとりに辟易した。何を言っても「え、それであなたの意思は??」という返し。それで一盛り上がりしてる場が嫌だったが、意思表示しないのも癪だと思い「そういうふわっとした世代なんです!」と言った。

 

もうみんな「はぁ??」という反応。やっちまったと思ったけれど時すでに遅し。

 

一番年の近い同僚(これも女性、既婚でお相手は15コ年上の方)からは「そういう一括りにするのって嫌いです」など嫌悪を示され、その他は理解不能という空気。

 

「いや、そっちが聞いてきたんだろ」とは口が裂けても言えない状況で、逃げ場もないから突っ走るしかなくなり、見事にディスられまくる僕…。

 

動揺したせいで失言のオンパレードになってしまい、印象は下がる一方。取引先の初対面の人からもお前呼ばわりされる始末。二次会もあったが、とにかくもうしゃべらなかった。

 

なんとも言えない胸糞の悪さだけが残ったが、誰一人多少の共感も示さなかったのは何だったのだろう。

 

悩むということに意思は存在しないのか、悩む時間は無駄なのか。決してそうではないと思いたい。というかそもそも結婚に悩む20代半ばの奴なんて腐るほどいるだろう。

 

みんなあんたらみたいに強い人間じゃないんだよ、と捨て台詞の一つでも吐いて帰りたかったが、臆病な僕にそんなことできるはずもなかった。

 

ちなみにその場にいた人、ほぼ全てがB型のようだった。

 

なんやそれ。俺っちA型っす!

みんな何と戦ってるの?~タガタメ編~

おはこんばんちは。

 

年末です。今年も色々ありましたね。

2014年のハイライトは何ですか?っていう質問に最近ハマってます。残り2日ですが使い倒そうと思います。忘年会で盛り上がりますので、ぜひご活用(?)下さい。

 

ちなみに僕のハイライトですが、もちろん大好きな元カノに振られたことが挙げられます。でもでもやっぱり人は出会いと別れ。素敵な人と巡り会うことができました。

 

恋愛経験は多い方ではなかったので、遅れてきた青春を謳歌しているような今日この頃です。元カノとの日々はあの時の僕にとってあまりに理想的でしたが、今は今で新しい彼女の魅力に気づかされっぱなしの日々です。

 

あまりにタイプが違うので、驚きの連続です。元カノは絶食系彼女でしたが、今の彼女は健康優良児って感じで何とも華やかです。しかしながら昔は遊んでたようなので、それが若干怖いのですが。(穏やかな人と落ち着きたい、というのが僕と付き合った理由だそうで、今は信用しております)

 

元カノについてはコチラ

俺が彼女に振られた後の話 - 俺ときどき僕

 

 

さて自分のことはこの辺にして、本日の内容へ。

 

ふと何か書きたいことがあってタイトルの言葉が浮かんだのですが、なんと失念してしまいました。iPhoneのメモ帳にタイトルだけ書いてあり、なんぞこれとなったんですが、せっかくなので勢いで書いてみます。

 

恋愛に関して、皆さん何か見えないものと戦っておいでではないでしょうか?結婚する同世代が増えてきている昨今、未婚の仲間たちからはこんなことをよく聞きます。ちなみに僕は26歳です。

 

~男~

もっと遊びてーーー

結婚俺はまだいいや

5組に1組は離婚するんだってさ

でも若いお父さんていいよな

ていうか彼女いなくても別にやりたいことあるし

彼女ってどうしたらできるん…

 

~女~

だらだら付き合うつもりなら辞めてほしいよね

結婚したいけど彼のココがだめなの

男の人はいいけど女子は27いったらジリ貧だよね

気長にやります

彼氏は今はいいかな~(カワイイ)

今26でしょ?で彼氏いないから、探すのに1年かかるとするじゃん。出会ってすぐ結婚てのもアレだから1年は付き合ってって考えるともう28じゃん。子供のこと考え出すの結婚してから2~3年てすると、30ちょいだよね?あれ、今もうイケてる旦那候補の彼氏いないと詰んでね?やばくね??

 

などなど…

 

まぁ世間でよく言われてることではありますが、基本的には男は自由でいたいのでしょう。女性はと言えば、家族を持つことを考えると猶予があんまりない世代なわけですね。どちらかというと僕は早く結婚したい口なのですが、色々と葛藤はあります。

この世代、色んな考えがけっこう入り混じってて面白いわけです。僕はそんな彼らの行く末を見てるだけでもごはん3杯くらいいけそうです。結局身内の等身大の物語は極上のエンターテイメントなんですわな。

だから、友達や大事な人との思い出は沢山形にして残しといた方がいいと思うわけです。老後がきっとたのしいですから。ご高齢の方は、思い出と人とのつながりを食べて生きていくのだと、会社のお偉いさんが言っておりました(遠い目)。リア充がこぞってFacebookリア充報告をするのも納得がいきますね。

 

で、ちょっと面白そうなんで、上記のようなことをのたまう人々を、結婚観という観点で系統別に分けてみようと思ったのです。ちょっとやってみましょう。

 

①俺ってまだまだこれから 高スペック系男子

僕の友人には少ないタイプです。男らしいorイケメンor仕事できるor元スポーツマンに多いですね。とにかくカワイイ子とひゃっほーできればいいと絶対心のどこかで思ってるタイプです。口に出すのは良いヤツで、出さないヤツは超絶ムッツリか変態です。たぶん。

生物的にも社会的にも能力値が高いため、人生イージーモードです。ただ彼らもまた努力をしているのは決して忘れてはならない事実です。何に対してもストイックな彼らは、卑屈な男子の大敵であります。

結婚に関しては仕事面での高い目標を持つのと同様、パートナーにもそれなりのステータスを求めるので、最終的に色々苦労はしそうな気がします。しかし遊ぶのはおてのものでしょう。譲れない価値観が多く、プライドも高いので、女性はそれをどこまで寛容に受け止めるのかがカギになってきます。また、結婚を急かすのも得策ではないでしょう。

 

推定結婚適齢年齢:33~38 

 

②色々悩むよね~ 優柔不断系男子

僕はここにカテゴライズされると思います。夢は幸せな家庭を築くことで、運動会で写真とか最前線で撮っちゃいたい、子供のハプニング集をYoutubeにupしてview数稼ぎたい、的な願望を持っています。しかしながらイケイケ男子よりも自分に自信がなかったり、能力がなかったりして、「一人の女性の人生を受けとめて幸せにする」ことへの恐れみたいなものを抱えています(同時にそれを幸せの理想形と考えてたりするわけです)。

 いい人だけどちょっと~とか言われてる人ないし言われたことがかつてある人はだいたいココに入ります。有体に言って普通の人です。結婚願望はやや強く、尻に敷かれてもそれを尻に敷かれていると思わないタイプなので、結婚生活は上手くいく傾向にあります。謙虚に空気を読むことで上手に生きていけると考えているでしょうね。知らんけど。

 

これはあくまで僕の予想ですが、地味な男性とかなり綺麗な女性のカップルがいた場合、遊び疲れた女性が安寧を求めてこの手の男性をパートナーに選ぶということが、多分に起き得るのではないでしょうか。よって、彼女の顔面気にする地味系男子は手堅い会社に勤め、堅実に生きて下さい。

 

推定結婚適齢年齢:25~29

 

③好きなことで生きていく ノマド系男子

最近増えているような気がしますが、一言で言えば、「面白いかどうか」を基準に生きているタイプのやつらです。別に彼女がいるいないということ自体のプライオリティーが高くないので、結婚に関しては何ともつかみどころのない存在です。

起業を考えたり、副業で儲けたり、アート方面で創作活動をしたり、田舎に隠居してクラウドファンディングでイケてるwebサービスを開発したり、まぁ色々だと思います。結婚という観点で言えば、自分のサポーターとして伴侶を求めるか、同じような価値観で生きている女性に魅力を感じるか、というところで大きく分かれてきます。

どちらにせよ、情熱を持って生きているオプティミストなので、地味系女子とは相性が悪そうです。

友人としては非常に刺激的で面白い人たちなので、動向を見守りつつ適度に遊びで絡んでいると楽しいです。

 

推定結婚適齢年齢:?(唐突に決めそう)

 

④社会の闇 理系環境引きずり系男子

例えばの話です。高校から理系を選択。大学の専攻は物理、サークルは特に入らず、気安い男友達とつるむ程度。院に進学し研究に没頭、研究室の推薦で大手メーカーの技術職に…。こんな男性が結構います。女子との関わりは希薄で、彼女いない歴年齢なんてのもザラ。彼らがどんな思いを抱えているか、僕は知っています。

彼女が欲しいなんてのは当然。当然だけど、どこで探せばいいか分からない、女性とどう接したら上手くいくのか分からない。学校ではそんなことは教えてくれなかった。自力でどうにかしようにも、勝手が分からない、センスがない…。

ちょっと④だけ話がずれてますが、女性に慣れていない点を除けば、非常に優良物件です。収入は安定しているし、遊び癖もなければ浪費もしない。優しいし文句もあまり言いません。

イケてるイケてないで言えばイケてないし、ダサいかダサくないかで言えばダサいです。そして理屈っぽい。全てを言葉で表現し、確認しないと前に進めないので、恋愛は当然下手くそです。

でもなんだか、彼らの幸せを願わずにはいられない、そんな人種なのです。結婚に関して言えば、昔ならお見合い結婚をするような層かと思います。その文化が失われた今、彼らは路頭に迷っています。誰か助けてあげてください。

 

推定結婚適齢年齢:30~35 (男性として程よく熟成してからお召し上がりください)

 

・・・

 

とりあえず男性についてなんとなく書いてみましたが、なんかあんまりですね…。④は趣旨もずれてきてますね。

 

今度追記か何かで女性についても書いてみます。

 

そんでタイトルなのですが、結局みんないつ結婚するのが適当なのか(はたまたしない方がいいのか)手探りで考える中で、見えない敵と戦っているのではないかと。「結婚適齢期」という名の見えない敵と。

 

それに対する僕の現段階での結論が、「タガタメに(誰がため)生きる」ということです。急になんだ、という感じですが、タイトルありきで集約しようとしているのでスンマセン勘弁してください。

結局、「この人のために生きたいなぁ」と思えた瞬間があれば、それが男であれ女であれ、結婚を考え始めるスタートラインなんでしょう。そこから先はそれぞれの都合と、タイミングと、考え方でいかようにも変わります。なので、それらを擦り合わせつつ、良い意味での人生の墓場に向かって行きたいなぁと考える、そんな夜でございました。

 

ミスチルの「タガタメ」とりあえず聴いていきんしゃい。 


タガタメ - Mr.Children - HOME TOUR 2007 - YouTube

 

現場からは以上です!皆様良いお年を。

 

 

 

 

大好きな彼女に振られた男に、新しく彼女ができた話

このブログは、運命を感じた彼女に振られた男がどのような変遷を辿っていくのかを記した忘備録的雑記だ。

 

ブログを過去から遡って読み進めていけば、心情の変化と具体的な行動の移り変わりがなんとなーく分かるようになっている。

 

自分にとってどれだけ意味のあるものかは分からないけれど、読み返してみるとなかなかに面白いもんだ。大好きな彼女に振られた時の感情はもう忘れたけれど、その時の自分を友人として客観的に見ているような、そんな気分になる。

 

ブログのことはさておき、新しい彼女ができた。実はもう3か月も前のことだ。

 

 

それまでに考えたこと、感じたことをちょっとだけまとめたいと思う。

 

 

■なぜ彼女だったのか、彼女はなぜ俺だったのか

出会いは合コン。告白は俺から。2回目のデートだった。彼女は有体に言って、草食系男子的な容姿の俺と付き合うようなタイプには見えなかった。もっとこう、アメリカンフットボールやってるガタイのいい男らしい人が好き!と言いいそうな感じの子である。清楚系ではなくCanCan系(?)的な。

 

合コンのなんたるかは過去の記事を読んでもらうとして、どうして俺は彼女と付き合いたいと思ったか、それは明白な理由がある。彼女にタイプの男性を尋ねた時「穏やかな人がいい」と言ったからだ。ビビッときた。そんなことを言う子は初めてだった。

 

もちろん理由はそれだけではないけれど、少なくとも俺はその言葉を受けて彼女とデートをしてみたいと思った。元カノは僕に似ていた。そして新たに出会ったこの子は、俺とまったく似ていなかった。例えるなら、イケイケのダンス部の女の子と写真部の冴えない男くらい、似ていない。

 

しかしそれは表面的なことで、彼女と話してみて分かったのは、表面的にはまったく相性が良くないけれど、根っこのところで通じ合ってるということだった。上手くは言えないけれど、大事にしたいものと、嫌いなものが似ていた。例えば、家族を大事にして過ごしたいとか、人生におけるプライオリティーが似ていた。

 

そして、自分で掲げた理想に近い子だった。かわいくて、天真爛漫で、健康的で、仕事をしっかりしていて、依存せず、人付き合いを大事にする、自分にはないものを持っている女の子。それらが俺が密かに抱いていた理想のタイプ、ひいては譲れない条件だった。

 

それが高過ぎる理想と言われればそれまでだけれども、別に人にはどう思われてもいいことだった。実際自分として満足できない子と付き合っても、どこかでお別れする未来を常に想像してしまうのは間違いなかった。身の程は知っているつもりで、高い目標に挑んだだけのことだと思う。恋愛に限らず、みんなそうして何かを目指してるのではないだろうか。

 

■彼女の作り方って?

こればっかりは考えても分かるもんじゃなかった。セオリーがあれば何か書こうと思ったけれど、何にもなかった。そりゃ合コンやら友人の紹介やら何やらでそれなりの数の女の子に出会ったと言っても、知り合うのとお付き合いするとの間には大きな隔たりがある。真剣に彼女を探すのは段違いで大変だ。それでもあえて言うなら、色んな女の子と出会う機会を無理やりにでも増やすということと、いざというときちゃんと想いを伝えるということの2つだと思う。

 

俺は別に紳士的で、特別な告白なんてなにもしていない。合コンの時だって、特別いい印象を残した覚えもなければ、サシでガッツリ話したわけでもない。でもさっき書いた通りビビッと来た俺は彼女を誘った。彼女もそれにすぐ応えた。そして、この子ほんとにかわいいなって思ったその日に勢いで告白してしまった。しどろもどろでヘタレな言い方だったけれど、そんな俺を彼女は受け入れてくれた。なんで全部上手くいったのかと言えば、彼女もまた最初の印象から俺のことを良いと思っていてくれたからでしかない。そして実際にちゃんと話してみて、その印象に間違いがなかったから受け入れた、そんな感じだったのだろう。

 

だから変に気取らないで、最低限の気遣いを忘れずに、最大限の敬意を払って、色んな女の子と接してみる、接してみる機会を増やす、増やす努力をする。それが彼女を作る近道なのだと思う。(モテる人には分からないことだが、変に気取らずに気の利いた振る舞いをすることのなんと難しいことか。)

 

■大好きだった元カノについて

今もまだ好きか、と聞かれたら、分からないと答えてしまう。なにそれ不純!と思われても仕方ないが、あんなに好きだったのに今は特別な感情を抱いてない自分を不思議に思っている、と言った方が表現としては正確だ。

 

自分は恋愛経験は多少はある部類に入ると思っているが、好きだった子のことを忘れていくこの感じに慣れることはまったくない。経験として分かっていても、まったく意味不明だ。特に元カノへの想い入れは特別だっただけに、なおさら今の状態がよく分からないものに感じられる。(とてもじゃないけどこんな精神状態について今の彼女には言えない!)

 

周りくどくなったが、正直元カノのことはもう何とも思っていない。好きでも嫌いでもなく、割と無関心な状態だ。ただ、今も元カノが好きかと聞かれると、前はあんなに好きだったのに何これ?という感情が押し寄せてきて、明確に答えられない、そんな気がするのだ。

 

※この感情にみんなどんな折り合いをつけているのだろうか?今の彼女と幸せならそれでいいじゃないって自分自身思ってはいるんだけども。

 

 

ということで新しい彼女ができた。とってもかわいくて素敵な、僕のタイプの女の子だ。もちろん不満がないわけではないが、ずっと大切にしたいと、一緒にいたいと、陳腐ながらもそんな風に思っている。

 

 

 

 

なんとなく一区切りついたので、このブログは一旦お休みします。

なーてんことはなくて、たぶん好きな時に好きなように更新していきます。

 

男女のアレコレについては変わらず、今後は結婚どうこうなんてとこも視野に入れて、忘備録として綴っていきます。

 

ではでは

 

②-1

こっち先に読めば?→① 

 

 

楽しい高校生活は終わりを迎え、受験勉強に勤しんでいた僕だったが、根が不真面目でめんどくさがりだったため、案の定浪人することとなった。

 

浪人時代は僕にとって大切な思い出の一つだが、ここでは割愛する。

ひとつだけエピソードをあげるとすれば、クリスマスの夜は男3人でカラオケに行っていた。まぁそんな感じだ。

 

第一志望の国立大学にはいけなかったけれど、とある私立大学の希望していた学部に入ることができた。

 

親は相当に喜んでくれたし、自分としても大いに満足のいく結果だった。

 

大学に入った僕は息巻いていた。

 

別に髪を染めて慣れないお洒落をして大学デビューを目論んだわけではないけれど、漠然と新たな女の子との出会いを予感していた。

 

そして僕は、趣味が高じてとある合奏サークルへ入った。

 

決め手は女子の先輩方にいい人が多かったことと、初日に何となく話して友達になったやつが興味を示したことだった。

 

「どんな大学生活が始まるんだろう…!」

 

期待と不安が入り混じった独特の緊張に戸惑いながら、僕の大学生活は、人並みのそれと同じように始まったのだった。

 

 

思い描いていたことは何一つ起きなかった。

 

僕には彼女を作るモテスキルもなければ、クラスのリア充集団に入るポテンシャルもなかった。

 

なんとなーく分かっていたけど、現実は厳しいものだ。

新入生歓迎の意味合いで一泊二日の合宿が学部ごとに行われるのだけど、クラスのやつらとはまったく馬が合わなかった。

 

なんというか、イケてる集団を取り巻くキョロ充と、なんとなくその相手をしているリア充とのやりとりが非常にうすら寒く見えた。

 

でも、僕にはリア充同士のつるみ方もあまり楽しそうには見えなかった。

楽しそうにしてるな、とは思ったけれど。

こういう斜に構えた感性がダメなんだろなーとは思いつつ、クラスではぼっちではないものの、非常に少ない友達と細々と交流を続け、可もなく不可もない大学生活を送っていた。

 

そして1年後(ぇ

 

僕はサークルの男メンツと毎日部室でゲームばかりしているような、自堕落な文系大学生に成り果てていた。

 

スマブラマリオカートにどれだけの時間を費やしたのかは、知る由もない…。

 

しばらく過ごして分かったのだが、サークルの男子には近い気質を感じていた。

 

授業をさぼって誰かがいないかと部室にやってくるアホどものスタンスは嫌いじゃなかった。僕も同じく足繁く部室に通い、親には言えないけれど、それなりに楽しく日々を過ごしていた。

 

彼らとはサークルの練習後、必ずと言っていいほどメシに出かけ、今後の僕らについての話をするのだった。

 

「後輩のあの子、お前狙ってるだろう」「あの先輩かわいいよなーー」「俺らの代かわいい子いなくね?詰んでね?」「どうしたらみんな彼女ができて平和な世界が訪れるのだろう…」

 

そんな下らない話ばかりしていた。

僕らにとって致命的だったのは「同期に良い子がおらへん」という事実だった。

 

サークルに入った当初は素敵な先輩方に淡い恋心を抱いていたが、人気のありそうな先輩には全て、サークル内やらなんやらで彼氏がいた。(奪い取るとかいう発想は出るわけない)

 

1個下の後輩は、僕らの1個上の代の先輩たちがあまり積極的でなく、数が全然入らなかったし、これは!と感ずる子もいるにはいたが、お堅い感じでとても手が出せるもんではなかった。

 

同期はまぁなんというか、色々事故った結果か知らんけども、どっから集めてきたこのミュータントタートルズ&モンスターズインクって感じだった。

 

もちろん自分たちのことは棚に上げているのだ。棚に上げないと言えないこともたくさんあるでしょう?

 

そんな折、こじれ男子たちの間にに一つの噂というか、何やら不穏な空気が感じられる出来事が持ちあがってきた。

 

それは、1個上の先輩でお世辞抜きでモデルの様に綺麗な先輩がいたのだが、その人が僕らの代の男子複数に、急にメールを送ってきている、というものだった。

 

僕「みんな驚け。最近さ、あの先輩からメールくんだよ!んで結構内容がフレンドリーな感じなのよ」

 

A男「え、マジで…。俺も最近来るんだよね…。」

 

B男「実は俺も来るんだけど…。え、何これ笑」

 

本当に、みんなにメールが来ていた。

内容もまったく同じというようなことはなかった。

 

これは何事だと色めき立つこじれ男子ども…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼氏彼女が欲しいけどできない」という悩みを聞く前に、その腐った性根を叩き直す的な趣で思ったことを書いてみるだけの話

今回は、「彼氏彼女が欲しいけどできない」と悩む人へ贈る言葉です。

耳が痛くなる可能性があるので気を付けてください。

(最近特にコメントもないので気になってる人いるか分からんですが、自分の話はまた今度します。)

 

それではどうぞ。

 

 

・・・

 

 

高校生の時の自分は、恋愛なんてものをする以前に、人として未熟だった。

 

どんな女の子がタイプと聞かれても、漠然と誰かが言っていたことをなぞる様なもんで、自分の意思としてどういう人がタイプなのかなんてまったく分からなかった。

 

単純に女の子への好意はそのまま性欲とイコールであったかもしれないし、その段階にすらいっていなかったようにも思う。かわいければそれでいいという発想は、いつだってアホな男子たちの欲望でしかない。そんな状態で彼女が欲しい、彼女が欲しいと喚き散らすのだから、そりゃもう高校なんて青春のるつぼになるわけだ。

 

でもそれは男女お互いさまで、ブ男はブスなんか眼中にないし、ブスはブスでブ男になんてさらさら興味はない。ブ男が彼女を欲しいと思うのと、ブスが彼氏が欲しいと思うのは、別にブ男&ブスに限った話でなく等価だが、そういう2人がカップルとして一緒にいるとすれば、共通の趣味やら価値観を持っているか、たまたま同じコミュニティにいて妥協したかのどっちかだ。でも僕はそれはいいと思う。お互いがそれで良ければ最高だ、何も言うことはない。

 

ただ、やっかいなことがある。男子高校生のアホな妄想を抱き続ける大人の男性や、脳内お花畑の乙女チックハートを保持し続ける大人の女性たちが数多くいる気がしている、ということだ。統計も何もとっていないけど。(何歳からそこへカテゴライズされるのかは別途議論の余地がある…)

「彼氏彼女が欲しい、けどできない」という言葉を聞いたときに僕が思うのは、上記のような俗物的な意味合いが多分に含まれるところを前提として話すべき場合がほとんどだな、ということだ。本人は気づいていなくても、だ。

 

 

 

要は理想が高いから彼氏彼女が欲しくてもできないんだって話なんだけども、この記事はそれじゃ終わらない。終わらせない。

 

 

こういう人々はみんな理想が高いのを認めようとしない、というか口に出さない。だって自分にそれほどの価値がないのを分かっていて、それを追い求めるから。自分の価値ってなんだよ?って議論を逸らすこともできるけど、それはしない。一言でいえば人間としての魅力だ。

 

その理想の高さに根拠はない(これはなくても良いと思う。ここでいう理想であるところの、整った顔立ちの人と付き合いたいという気持ちは生物学的にみればたぶんふつーだ)。それよりも問題なのは、その高い理想のもっと詳細な中身が、得てして「曖昧」だということだ。

 

「なんかあの人はピンとこないんだよね。」「今やり取りしてる人もなんか違う。」でも「じゃあどんなのがタイプ?」って聞くと上手く答えられない。

「あの人とうまくいくかなぁ」「ちょっと反応良くないんだよね」そう言われて、「そうなんだ、その人のどんなとこがいいって思ったの?」って聞くと「うーん」とか「えーとなんだろー・・・」とかの言葉が真っ先に出てくる。

 

いっそ「かわいいから!」「私より背が高くてイケメンだから」とか言いきってくれた方がマシだ。

 

結局みんな理想というのが顔なの中身なのかその人のステータスなのかはたまたそのすべてなのか、よく分かってない。簡単な回答としては、「その全てでなるたけ高水準の相手を探す」だが、世の中そんな上手くいくわけない。

 

 

 

だから経験を積んで、考えて、自分を知って、最適な解とも言える理想を見つけるべきだ。その模索の過程の中に、多分答えはある。知らない自分が、知るはずのなかった他人が、きっと見つかる。

 

 

ダメな人の話をしよう。

 

 

恋愛に迷って、ただ迷うだけで実践はせず、自分に合う人がどんな人か分からないまま、彼氏彼女が欲しいとのたまい、時間だけが過ぎていく。ちょっとしたやり取りで傷つき、容易く諦め、次に進むまでに時間を要しすぎる。しかも「理想≒目標」は曖昧なまま…。

 

それまでに得た経験値はいかほどのものだろう?自分がどんな人間か、他人という鏡を使ってどれだけ知れただろう?彼氏彼女にしたい候補の人との繋がりに対する態度は「浅く突っ込んで、長く引きずる」それにどれほどの意味があるだろうか?

 

本当に「彼氏彼女が欲しい」、ひいては本当の意味で「長く付き合える理想の彼女彼氏が欲しい≒生涯のパートナーになり得る人を見つけたい」と思うのならば、一つ一つの出会いの意味合いは、その立ち位置は、どのようになるだろうか?それを考えたことはあるか?

 

自分に自信がないのに、誰もが羨むものをただ傍観して求めるその心意気はあっぱれだが、そんな人々に「それを達成するために何をしたのか?」を問うと、驚くほど何もしていないし、その問いから逃げる。環境のせいにもすれば、自分の容姿のせいにもする。性格のことを言い訳にもすれば、年齢を持ち出す輩もいる。傷つくことを恐れ、幸せになりたいと言い、自分を省みることをしなければ、「曖昧な理想像」だけしっかり持っているのに、人に興味を持たない。話を聴いているようで、音としてしか聞いていない。何か活動しているようで何もしていない。ただただ自己のクローズドな世界に溺れていっているだけなのに気づけない。一つの恋愛に、恋愛と言えるかすら分からないやりとりに、恐れを抱き、蓋をしてじっと閉じこもる。この一連の流れを「こじれる」という。

(独身貴族じゃないけど、色々と諦めてる人が昨今増えてるような気がするのも、このモヤッとした「曖昧な理想の高さ」に起因するように思える。)

 

 

一言で言えば、何も始まってないのに終わらせてる。

 

 

本当に好きではない人ととの恋愛に意味はないとは思わない。「好きになれるかもしれない」という感情で付き合い、自分が本当に望むものが見えてくることもある。それが悪いとは、思わない。

 

僕は理想が高いことはいいことだと思っている。それが仕事であれ遊びであれ恋愛であれ、なんだっていい。自分が至らない部分があっても、理想は高くたっていいに決まってる。

 

でも、それを曖昧に隠して、逃げて、何かで代替して(アイドルとか?)、自分は結局どうにもならないんだ…とずーっと言ってる人は、嫌いだ。というか何をどうしたいんだ?と感じる。そういう人たちが「俺も私もどうすればいいかわかんねぇよ…」って思ってるのも知ってるんだけども。

 

例えばだが、

「自信がないのはなんでだろう?⇒どうやったら自信つけられるか、何をすれば自信がもてるか考えよう」であったり、

「どうして自分は傷つきたくないんだ?⇒結局自分のことばっかり考えてるから?他の人はどういう風にかんがえて動いてるんだろう?」みたいに、

一つ思考を推し進めて、ちょっとずつ動くことができれば良いはずなのに。

 

自分がカワイイばかりに、ちっとも変わろうとしない人、そんな人がたくさんいる。僕もそうだ。多くの人がそうだ。

 

その中で動く動かないは本人の自由だけど、今の世の中動かなくたって楽しいことが溢れている。それで満足してしまう人がいるのも分かる。でもそれでいいの?って僕は思う。

 

だって自分に嘘をつき続ける日々を、モヤッとした想いを抱える日々を、だらだらと過ごせるほど「何でもできる若い期間」は長くない。でも遠回りして気づくことだってある。一つ言えるのは、理想がないのに、分かっていないのに、理想を追い求めてはいけない、ということだ。

 

 

これは、彼女が欲しいと言っているのに、未だ彼女ができたことのない腑抜けた友人に贈る言葉だ。

 

環境がないなら、合コンでも街コンでも友人の紹介でも会社の労組でも趣味のコミュニティでもクラブでもFacebookでもニコ生でもSkypeでもナンパでもなんだっていいじゃないか。自分の意思で、自分の体を持ってけるところ1つくらいあるだろう。そうやって経験を積めばいい。

 

環境を変えてもダメだと思うなら、自分を変えるしかないし、どう変わりたいかなんて人に聞いて決めるものではない。ただ、環境は人を変えるから、そこから始めるのが一番の近道だとは思う。

 

そして、自分の理想の人と付き合いたいのなら、恋愛を重ねる以外に、嫌というほど人と接する以外に方法はない、そんな気がする。そうではない人はそれでいい。辛い想いを重ねる可能性も高いが、本当の意味で「理想の彼氏彼女が欲しい」と思う人に向けてのメッセージだ。僕が個人的に思うのは、この過程をも「楽しんでしまえ」ということだ。後から振り返った時に「なんやかんやで楽しかったなぁ」そう思えれば最高だ。

 

理想とは、高い低いではなく、「自分にとって適切かどうか」が大事なんだろう。 

 

閑話休題

 

 

僕は恋愛マンガが大好きなのですが、たまに一瞬で読むのを辞めたくなるような作品があります。ディテールに光る部分があれば継続的に読むけれど、例えばこんな話。

 

冴えないけど、ちょっと変わった女の子。その子をよーく知ってみれば、実は「○○」ないいところがたくさんある。ひょんなことからその片鱗に触れたとあるイケメンが、普通とは違うその子に興味を持って、知らないうちにどんどん惹かれていく…。

そんな突然の彼からの接触に、戸惑いながらも人と接することの大切さを覚えたその子は、見た目も心もどんどん魅力的になっていき、人として成長する。

 

・・・

 

何がアレかって「トリガーがイケメンからの接触」なところです。

しかも最初そのイケメンのこと嫌いだったり。

 

…いや昨今の少女マンガのセオリーににケチつけるなら読むなって話なんですが、これって男女共通の恋愛観というか「曖昧な理想像の高さ」の醸成に一役買ってるんですよ(もちろん皮肉です)。

 

こういうマンガを幻想と言い切る気はないです。ポジティブな言い方をするとすれば、自分から動けるのであれば、こういうシチュエーションも夢ではないということかもしれません。

 

 

 

 

 

 

結局のところ

「(理想の)彼氏彼女が欲しいのにできない」

に対して言いたいことは2つです。

 

一つ、四の五の言わず、自分で動いてください。何でもいいから経験を積んでください。何もできない、動けないなら、なぜできないかの理由とその対処法を明確になるまで考え抜いてください。時間は有限です。恋愛は若いうちが一番楽しいです。

 

二つ、経験の中で「適切な欲望」を持ってください。そして物件を探すように「条件」を定めて下さい。理想を最適化しましょう。こういう人とだったら長く楽しくすごせる、価値観にも齟齬がなくて一緒にいることができそう、と思える条件を明確にしてください。

 

※みんなこれがないまま、「曖昧な理想像」を掲げてさまよってる気がします。どうやって適切な欲望・理想を持つの?の答えは、とにかく恋愛をするor人と接することです。ここをもっと詳しく書きたいですが、長くなるのでまたいつか。

 

 

最後に・・・

理想の相手に値する何かを自分は持っているか、というところは常に自問自答です。ここに客観的に意見をくれる人は日常では少ないでしょうね。難しいところです。みんな誹謗中傷になってはいけないと思って客観的な事実ですら言うのを躊躇うのがここ日本ですから。

 

 「理想の彼氏彼女が欲しい」って、言葉にするとこんぐらい意味があることだと思ってます。それではごきげんよう。