「彼氏彼女が欲しいけどできない」という悩みを聞く前に、その腐った性根を叩き直す的な趣で思ったことを書いてみるだけの話

今回は、「彼氏彼女が欲しいけどできない」と悩む人へ贈る言葉です。

耳が痛くなる可能性があるので気を付けてください。

(最近特にコメントもないので気になってる人いるか分からんですが、自分の話はまた今度します。)

 

それではどうぞ。

 

 

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高校生の時の自分は、恋愛なんてものをする以前に、人として未熟だった。

 

どんな女の子がタイプと聞かれても、漠然と誰かが言っていたことをなぞる様なもんで、自分の意思としてどういう人がタイプなのかなんてまったく分からなかった。

 

単純に女の子への好意はそのまま性欲とイコールであったかもしれないし、その段階にすらいっていなかったようにも思う。かわいければそれでいいという発想は、いつだってアホな男子たちの欲望でしかない。そんな状態で彼女が欲しい、彼女が欲しいと喚き散らすのだから、そりゃもう高校なんて青春のるつぼになるわけだ。

 

でもそれは男女お互いさまで、ブ男はブスなんか眼中にないし、ブスはブスでブ男になんてさらさら興味はない。ブ男が彼女を欲しいと思うのと、ブスが彼氏が欲しいと思うのは、別にブ男&ブスに限った話でなく等価だが、そういう2人がカップルとして一緒にいるとすれば、共通の趣味やら価値観を持っているか、たまたま同じコミュニティにいて妥協したかのどっちかだ。でも僕はそれはいいと思う。お互いがそれで良ければ最高だ、何も言うことはない。

 

ただ、やっかいなことがある。男子高校生のアホな妄想を抱き続ける大人の男性や、脳内お花畑の乙女チックハートを保持し続ける大人の女性たちが数多くいる気がしている、ということだ。統計も何もとっていないけど。(何歳からそこへカテゴライズされるのかは別途議論の余地がある…)

「彼氏彼女が欲しい、けどできない」という言葉を聞いたときに僕が思うのは、上記のような俗物的な意味合いが多分に含まれるところを前提として話すべき場合がほとんどだな、ということだ。本人は気づいていなくても、だ。

 

 

 

要は理想が高いから彼氏彼女が欲しくてもできないんだって話なんだけども、この記事はそれじゃ終わらない。終わらせない。

 

 

こういう人々はみんな理想が高いのを認めようとしない、というか口に出さない。だって自分にそれほどの価値がないのを分かっていて、それを追い求めるから。自分の価値ってなんだよ?って議論を逸らすこともできるけど、それはしない。一言でいえば人間としての魅力だ。

 

その理想の高さに根拠はない(これはなくても良いと思う。ここでいう理想であるところの、整った顔立ちの人と付き合いたいという気持ちは生物学的にみればたぶんふつーだ)。それよりも問題なのは、その高い理想のもっと詳細な中身が、得てして「曖昧」だということだ。

 

「なんかあの人はピンとこないんだよね。」「今やり取りしてる人もなんか違う。」でも「じゃあどんなのがタイプ?」って聞くと上手く答えられない。

「あの人とうまくいくかなぁ」「ちょっと反応良くないんだよね」そう言われて、「そうなんだ、その人のどんなとこがいいって思ったの?」って聞くと「うーん」とか「えーとなんだろー・・・」とかの言葉が真っ先に出てくる。

 

いっそ「かわいいから!」「私より背が高くてイケメンだから」とか言いきってくれた方がマシだ。

 

結局みんな理想というのが顔なの中身なのかその人のステータスなのかはたまたそのすべてなのか、よく分かってない。簡単な回答としては、「その全てでなるたけ高水準の相手を探す」だが、世の中そんな上手くいくわけない。

 

 

 

だから経験を積んで、考えて、自分を知って、最適な解とも言える理想を見つけるべきだ。その模索の過程の中に、多分答えはある。知らない自分が、知るはずのなかった他人が、きっと見つかる。

 

 

ダメな人の話をしよう。

 

 

恋愛に迷って、ただ迷うだけで実践はせず、自分に合う人がどんな人か分からないまま、彼氏彼女が欲しいとのたまい、時間だけが過ぎていく。ちょっとしたやり取りで傷つき、容易く諦め、次に進むまでに時間を要しすぎる。しかも「理想≒目標」は曖昧なまま…。

 

それまでに得た経験値はいかほどのものだろう?自分がどんな人間か、他人という鏡を使ってどれだけ知れただろう?彼氏彼女にしたい候補の人との繋がりに対する態度は「浅く突っ込んで、長く引きずる」それにどれほどの意味があるだろうか?

 

本当に「彼氏彼女が欲しい」、ひいては本当の意味で「長く付き合える理想の彼女彼氏が欲しい≒生涯のパートナーになり得る人を見つけたい」と思うのならば、一つ一つの出会いの意味合いは、その立ち位置は、どのようになるだろうか?それを考えたことはあるか?

 

自分に自信がないのに、誰もが羨むものをただ傍観して求めるその心意気はあっぱれだが、そんな人々に「それを達成するために何をしたのか?」を問うと、驚くほど何もしていないし、その問いから逃げる。環境のせいにもすれば、自分の容姿のせいにもする。性格のことを言い訳にもすれば、年齢を持ち出す輩もいる。傷つくことを恐れ、幸せになりたいと言い、自分を省みることをしなければ、「曖昧な理想像」だけしっかり持っているのに、人に興味を持たない。話を聴いているようで、音としてしか聞いていない。何か活動しているようで何もしていない。ただただ自己のクローズドな世界に溺れていっているだけなのに気づけない。一つの恋愛に、恋愛と言えるかすら分からないやりとりに、恐れを抱き、蓋をしてじっと閉じこもる。この一連の流れを「こじれる」という。

(独身貴族じゃないけど、色々と諦めてる人が昨今増えてるような気がするのも、このモヤッとした「曖昧な理想の高さ」に起因するように思える。)

 

 

一言で言えば、何も始まってないのに終わらせてる。

 

 

本当に好きではない人ととの恋愛に意味はないとは思わない。「好きになれるかもしれない」という感情で付き合い、自分が本当に望むものが見えてくることもある。それが悪いとは、思わない。

 

僕は理想が高いことはいいことだと思っている。それが仕事であれ遊びであれ恋愛であれ、なんだっていい。自分が至らない部分があっても、理想は高くたっていいに決まってる。

 

でも、それを曖昧に隠して、逃げて、何かで代替して(アイドルとか?)、自分は結局どうにもならないんだ…とずーっと言ってる人は、嫌いだ。というか何をどうしたいんだ?と感じる。そういう人たちが「俺も私もどうすればいいかわかんねぇよ…」って思ってるのも知ってるんだけども。

 

例えばだが、

「自信がないのはなんでだろう?⇒どうやったら自信つけられるか、何をすれば自信がもてるか考えよう」であったり、

「どうして自分は傷つきたくないんだ?⇒結局自分のことばっかり考えてるから?他の人はどういう風にかんがえて動いてるんだろう?」みたいに、

一つ思考を推し進めて、ちょっとずつ動くことができれば良いはずなのに。

 

自分がカワイイばかりに、ちっとも変わろうとしない人、そんな人がたくさんいる。僕もそうだ。多くの人がそうだ。

 

その中で動く動かないは本人の自由だけど、今の世の中動かなくたって楽しいことが溢れている。それで満足してしまう人がいるのも分かる。でもそれでいいの?って僕は思う。

 

だって自分に嘘をつき続ける日々を、モヤッとした想いを抱える日々を、だらだらと過ごせるほど「何でもできる若い期間」は長くない。でも遠回りして気づくことだってある。一つ言えるのは、理想がないのに、分かっていないのに、理想を追い求めてはいけない、ということだ。

 

 

これは、彼女が欲しいと言っているのに、未だ彼女ができたことのない腑抜けた友人に贈る言葉だ。

 

環境がないなら、合コンでも街コンでも友人の紹介でも会社の労組でも趣味のコミュニティでもクラブでもFacebookでもニコ生でもSkypeでもナンパでもなんだっていいじゃないか。自分の意思で、自分の体を持ってけるところ1つくらいあるだろう。そうやって経験を積めばいい。

 

環境を変えてもダメだと思うなら、自分を変えるしかないし、どう変わりたいかなんて人に聞いて決めるものではない。ただ、環境は人を変えるから、そこから始めるのが一番の近道だとは思う。

 

そして、自分の理想の人と付き合いたいのなら、恋愛を重ねる以外に、嫌というほど人と接する以外に方法はない、そんな気がする。そうではない人はそれでいい。辛い想いを重ねる可能性も高いが、本当の意味で「理想の彼氏彼女が欲しい」と思う人に向けてのメッセージだ。僕が個人的に思うのは、この過程をも「楽しんでしまえ」ということだ。後から振り返った時に「なんやかんやで楽しかったなぁ」そう思えれば最高だ。

 

理想とは、高い低いではなく、「自分にとって適切かどうか」が大事なんだろう。 

 

閑話休題

 

 

僕は恋愛マンガが大好きなのですが、たまに一瞬で読むのを辞めたくなるような作品があります。ディテールに光る部分があれば継続的に読むけれど、例えばこんな話。

 

冴えないけど、ちょっと変わった女の子。その子をよーく知ってみれば、実は「○○」ないいところがたくさんある。ひょんなことからその片鱗に触れたとあるイケメンが、普通とは違うその子に興味を持って、知らないうちにどんどん惹かれていく…。

そんな突然の彼からの接触に、戸惑いながらも人と接することの大切さを覚えたその子は、見た目も心もどんどん魅力的になっていき、人として成長する。

 

・・・

 

何がアレかって「トリガーがイケメンからの接触」なところです。

しかも最初そのイケメンのこと嫌いだったり。

 

…いや昨今の少女マンガのセオリーににケチつけるなら読むなって話なんですが、これって男女共通の恋愛観というか「曖昧な理想像の高さ」の醸成に一役買ってるんですよ(もちろん皮肉です)。

 

こういうマンガを幻想と言い切る気はないです。ポジティブな言い方をするとすれば、自分から動けるのであれば、こういうシチュエーションも夢ではないということかもしれません。

 

 

 

 

 

 

結局のところ

「(理想の)彼氏彼女が欲しいのにできない」

に対して言いたいことは2つです。

 

一つ、四の五の言わず、自分で動いてください。何でもいいから経験を積んでください。何もできない、動けないなら、なぜできないかの理由とその対処法を明確になるまで考え抜いてください。時間は有限です。恋愛は若いうちが一番楽しいです。

 

二つ、経験の中で「適切な欲望」を持ってください。そして物件を探すように「条件」を定めて下さい。理想を最適化しましょう。こういう人とだったら長く楽しくすごせる、価値観にも齟齬がなくて一緒にいることができそう、と思える条件を明確にしてください。

 

※みんなこれがないまま、「曖昧な理想像」を掲げてさまよってる気がします。どうやって適切な欲望・理想を持つの?の答えは、とにかく恋愛をするor人と接することです。ここをもっと詳しく書きたいですが、長くなるのでまたいつか。

 

 

最後に・・・

理想の相手に値する何かを自分は持っているか、というところは常に自問自答です。ここに客観的に意見をくれる人は日常では少ないでしょうね。難しいところです。みんな誹謗中傷になってはいけないと思って客観的な事実ですら言うのを躊躇うのがここ日本ですから。

 

 「理想の彼氏彼女が欲しい」って、言葉にするとこんぐらい意味があることだと思ってます。それではごきげんよう。