俺の彼女がイエス・ウーマンな件

彼女は俺が行きたい場所や食べたいものに反対したことがない。本当にほぼない。かと言って消極的な性格というわけではなく、むしろ天真爛漫という方がしっくりくる。

たまに彼女はどこかで無理をしてるんじゃないかなって思う時があるのだけど、(そう思うのは元カノのことがあったから余計気になるというのもあるのだろうけれど)かれこれ1年以上上手くやってきているし、彼女自身いつもとても楽しそうに見えるので、問題はないのかなぁと思う。

 

僕が彼女に優しくできるのは、少なからず彼女の魅力にぞっこんだからであって、誰にでも向けられるものではない。彼女のことを常に気遣おうと思えるのは、それが彼女だからであって、他の誰にでも気を遣うわけではない。彼女の前でいつも謙虚であろうとするのは、彼女に尊敬されたいとまでは言わずとも、人格的に認められたいと願うからであって、よそでは傲慢な振る舞いをすることもある。

ただ、僕が毎週彼女に会いたいと思うのは、自分の心を最も許せる人だからというわけではない。

 

矛盾しているようで、矛盾していないと僕は思う。

つまり僕は、彼女のことを尊敬している。

 

完全に自分をさらけ出せる相手というのは、ちょっと怖い。いいところも悪いところも含めて全部好き!なんてことはきっとなくて、悪いことは悪いと認めないと、いわゆるただの「恋は盲目」だ。

だから僕は彼女の「悪い」と思うところを知っているし、知っていてなお好きだ。僕自身、自分の悪いところはいくつもあると考えている。ただ、僕は彼女に無暗に指摘したりしない。彼女もまた僕の悪いところを非難するように言うことはない。

 

(この状態がベストなものだとは思わない。なぜなら本音でケンカするということができないから。僕は本音で語るのが苦手だ。ドロドロした感情をぶつけ合った先にあるものは果たして何なのか、分からないけれども、きっと少しだけ相手を近くに感じるのだろう。考え方の相違や意見の食い違い、そのぶつかり合いで心の距離が縮まるなんて、彼氏彼女の関係は何とも不思議なものだ。ぶつかり合ったままじゃ別れるだけだけどね。)

 

とにかく、たまに彼女のことが心配になる。いい意味で彼女は迎合する。自身の我を通さない。恐らくそれが誰か一緒にいることの秘訣だと思っている。

僕は、我を通す自分が惨めで情けないと感じる瞬間がたまにある。たまにあるので、大丈夫だと思っている。なかったらきっと、本当にただの我儘だから。

彼女が僕を尊重してくれるのは、僕がまた彼女のことを尊重しているからだと、彼女が思っているからに違いない。

もし、彼女との時間の中で、僕が傲慢さを抑えることができなくなることがあれば、それは一重に

 

 

 

 

 

 

先日、電車の乗り換えでとある駅構内を歩いていたところ、元カノとすれ違った。

正確には元カノかもしれないという程度で、よく分からなかった。

僕はもしやと感じた瞬間、そちらを見ることを拒んだ。

その女性も一瞬こちらを見ていたような気もするが、直接見ていないので分からない。

とにかく分からないが、あれは彼女だった。

あの、大好きだった、彼女。

 

彼女は僕の知らない男性と歩いていたようだった。

彼女よりもずいぶん背が高く、僕よりはがっしりした男。

 

別に誰でもよかった。

 

あれは彼女だったのだろうか?

今となっては、もう分からない。

彼女だったら何だというのだ。

それも、分からない。

 

思い出すだけなら、何も悪いことはない。

ブログに書く程度なら、きっと咎められやしない。

これから先、誰と一緒にいようとも忘れないのかもしれない。

 

この感情のやり場は、たぶんどこにもない。

この感情に名前をつけようにも、どれもこれもそぐわない。

 

彼女とすれ違った駅は、僕と彼女がともに時間を過ごした、大学の駅だった。

 

いつかきっと。

 

なーんて。