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若手サラリーマンが過労に倒れて思ったこと

正確には倒れるまではいってないのですが…。

 

原因は組織としてのリソース不足、自己のスキル不足による長時間勤務、抱えた案件の重さでした。

 

症状は動悸や手の震え、極度の眠気や突然の冷や汗などで、倒れたことのある人は「あーあるある」って感じじゃないでしょうか。自律神経、きちゃってますみたいな。

 

強制的に1週間の休みを手に入れ、あれこれ頭をかけめぐったことを簡単に備忘録として残しときます。

 

■自分にとって本当に大事なことって?

仕事ですか?家族ですか?趣味ですか?全部ですか?それとも何か夢がありますか?優先順位はつけられますか?それらは同時に成り立ちますか?成り立たないなら何を捨てますか?何を選びますか?選ぶ勇気はありますか?周りを気にしますか?自分を自分で幸せにできると思っていますか?自分らしく生きるっていうのはどういうことですか?自分らしく生きたら幸せですか?

 

正直分かりませんでした。

 

早く家庭を作りたいとも思います。

もっと自分のやりたい仕事をすべき、探すべきとも思います。

夢なんて大それたものはないですが、自分が好きなものを好きだと言いながら生きたいと思いました。それは僕にとってマンガでありアニメであり映画であり小説であり音楽であり、歌でした。全ては自分を作り育て、時には励まし時には叱り、今の自分を自分たらしめてくれたもので、そこには感謝しかありません。しかし、それらは「誰もが好きなもの」でした。それらに関わることで生きていくこと、生計を立てていこうとするほどの覚悟は、僕にはありませんでした。

 

今僕が勤めている会社は、有体に言って大企業です。業務も社会的意義のあるものです。

でもそれで得をしたことと言えば、自分の小さな自尊心を満たすことだけだったのかもしれません。中には辞めていく同期もいましたし、今となれば彼らの気持ちも理解できます。それでも、僕はここから出て行くのは躊躇われるのです。それが何故かを考えましたが、積極的に留まる理由が、お金や社会的地位、今後家庭を築く上で安定を求めるが故の必要性と言った、「本当に自分がやりたいこと」には直接的には関係しない事柄でした。

 

この中途半端さを受け止めながら、また摩耗していくだけの日々に戻っていくのかと思うと、正直吐き気がします。しかしながら、多くの人がそうやってがんばって生きているし、自分が置かれた状況を鑑みるに、相当に恵まれているのは間違いありません。

 

「自分を幸せにできるのは自分だけ」

 

とても希望に溢れた、強い言葉です。その通りだと思いますし、あらゆる場面で自らの意志や考えを表明し続けることで人生はいかようにも舵を切れるのでしょう。学ぶに遅すぎることはなく、人の可能性は無限大です。

 

誰もがそれを信念として持ち、実行に移し、自ら道を切り開いていったら、それでも世の中は回るんでしょうか?たぶん回らないのでしょう。きっと破綻します。だれもが思い通りになんて生きられない、それが真理です。割りを食う人というのは、少なからず存在するはずです。そういう意味で、僕は人生を諦めているのかもしれません。

 

ただ、その真理は僕自身の諦めを肯定する理由にはならないことも、僕はまた知っているのです。

 

このクソみたいな達観ぶりを捨てたい、と思っています。

 

ここからは、前向きに考えていきます。

 

もっと周囲に興味を持って、人とのつながりを大切に、楽しく生きていくことが、僕の目標なんだと思います。たぶん。その彩りとして、様々な物語や音楽を楽しむ余裕があれば、なおいいです。

 

どんな物語でも「面白さ」の根幹には人と人との関わり、思想があります。

 

人生は面白いものであるべきです。

僕が休んでいたこの1週間で思ったことは「人生を面白くする」のは、「自分を幸せにする」よりちょっとカンタンそう、ということです。

 

面白さを感じるのは、知らない人に会うことかもしれません、知らない場所に行くことかもしれないですし、知らない知識を得ることかもしれません。日々の生活に、何かしらの「ゆらぎ」を加えるだけで、新しい何かが見えてくるかもしれません。

毎朝の通勤で通る道をちょっと変えてみるのもいいですし、普段自分が言わないだろうなぁと思ってるような意見をわざと言ってみるのもいいかもしれません。嫌いな人の良いところを無理やり3つあげてみるゲームとかもいいかもしれないですね。食事も「ここは入らねぇなぁ」というお店でとってみて、話のネタにしてはどうでしょう。友達の趣味の集まりに参加させてもらうのもいいかもしれませんね。理由はなんでもいいんです。友達の友達って見てみたくないですか?マンガ喫茶に2時間籠って、普段読まない雑誌に手を伸ばしてみるのもいいですね。少し背伸びをしたお店を見つけて予約しちゃったり、話題のスポットで行ってみちゃったり、どっぷりミーハーになるのも案外楽しいのではないでしょうか。普段見ないTVをみてもいいですし、頭を空っぽにするために瞑想するのもいいでしょう。ちょっと遠出して秘湯に入ったり、滝に打たれてみるのもいいですし、それが無理なら近くの銭湯にいくか、プールで泳いでみても気持ちよさそうです。こんな人たちが来てるんだ~というどうでもいい気づきがきっとあります。それ以外にも何か浮かんでくるかもしれませんね。

 

ゆらぎを作るのはあなた自身です。そのゆらぎの中で、目につくモノ・人・場所がきっとあります。一歩進んで、それを集めてみてはどうでしょう?例えば、何度も目にする人に出会ったら、その人の著書なのかWeb記事なのか作品なのか、関わっている仕事や出自やその人の好きなものを探ってみてはどうでしょう。

 

ゆらぎの中で見つけたものは、確かにあなた自身が選りすぐった大切なものです。意外にかんたん、そう思いませんか。それを追いかけて、誰かとシェアしたくなったらしめたものです。きっと、知っている誰かとはより楽しく、知らない人ともそれをきっかけに繋がり、楽しくなることができるでしょう。

 

たぶん、このゆらぎの話は、自分の今の仕事が自分に向いているかどうかっていう話にも使えるんだろうなと思います。

 

自分の仕事に些細な変化をもたらすことで見えてくるもの、楽しいと感じられること。もしくは、こんなことやってみたらどーだろうという、自分で仕事を変える、作り出す余地。そういうもの、ちょっともないですか?会社を変えないとダメですか?会社を変えたら解決しますか?たぶん僕は、そうじゃないと思っています。

 

という感じで、ネガティブな自分に対するアンサーを、休んだことでちょっと元気なった自分が贈ってみました。

 

なんかし、僕はとても優柔不断で面倒なのだなぁと思ったのでした。

 

P.S みんな倒れないよう気をつけてね